京都検定一級スタッフのマニアック京都案内

京都検定一級スタッフS、坂上田村麻呂のお墓参りへ

古代日本のスーパーヒーローいうたら、やっぱり、教科書でおなじみの「坂上田村麻呂」やろなぁ。
日本史苦手な人でも「征夷大将軍したはった人ちがうん?」とかすかに思い出してくれはると思う(期待)
武勇に優れた人で天皇さんの信頼も厚かった。

身長は180センチ目はタカのように鋭く、黄金のように輝くあごひげ姿やったとか。
(男前やったんやろなぁ。と想像)

亡くならはった時、鉄の甲冑をつけ、都に向かって立ったはる姿で埋葬されはった。

京都市内に3つのお墓があるといわれてる。

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有名なんは、東山の将軍塚やけど、山科の勧修小学校の近くも「田村麻呂のお墓」といわれている。


死なはっても都の守護神として、今も守ってくれたはる。
ホンマに有り難いわ。

地下鉄東西線椥辻駅徒歩15分、または、京阪バス栗栖野2分。

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まさしく極楽浄土!? 京都検定1級スタッフS、宇治の平等院へゆく。

問題!京都の世界遺産は、いくつあるでしょう?
と聞かれたら、まず京都の人でも答えられへん。
答えは『17』(注)延暦寺は京都と滋賀にまたがってる)

 

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そん中でも、特になじみがあるんは、10円玉のデザインになってる宇治の平等院かもしれへん。

 

宇治は、京の都から見て、ええ方角にあたるし、早うから、平安時代の貴族が別荘を建てはって栄えてきた。

 

ここ平等院は、平安時代に栄華を極めはった藤原道長の息子の頼通が建てはった。
どんな権力者でも、「死」だけは避けられへん。
極楽往生を願い、創建当初は、宇治川をはさんで極楽浄土を再現しはった。

 

改修工事が終わった鳳凰堂は、朱色がまぶしかった。
まさしく、鳳凰が羽を広げた姿だった。
(ここで、鳳凰の説明をちょっと・・・中国の伝説上の鳥で、ヘビの頭、魚の尾、ツバメのあご、鶏の口ばし、五色の羽毛をもった鳥。)
平安時代の栄華をそのまま現存したはる平等院は、ホンマにすばらしい。

 

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場所はJR奈良線で「宇治駅」下車、東へ徒歩10分。詳しいアクセスはこちらをご覧ください。(Googleマップへ移動します。)

 

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平等院HP

伏見の寺田屋・ここにくると熱くなる私

幕末好きに、絶対にはずせへん場所いうたら、やっぱり寺田屋。

歴史にあんまり興味ない人でも、坂本龍馬って聞いたら、アッ知ってるわ。とたいていの人は言わはる。

 

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そう、幕末のヒーロー。
彼なしに、日本の夜明けは考えられへん。

そんな龍馬が宿にしてはったのが寺田屋。
ここでは、日本の将来を自由に語り合い、希望に燃えた若者達が集まったはった。

 

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時には血なまぐさい事件の舞台にもなってた。

 

歴史に「もし」はない。
しかし、ここにくると、もし龍馬が生きていたら・・・

 

(あかん! 熱すぎて言葉にならへん・・・!)

 

寺田屋には、日本の未来を見据えたはるかのような龍馬像がある。

 

場所は京橋バス停下車、徒歩徒歩約2分。詳しいアクセスはこちらを御覧ください(Googleマップに移動します)。

伏見散策しはる方は、行ってみてくださいね。

祇園、亀屋清永さんの清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)

歴史大好きスタッフは、子供の頃から「お客さんが来はるし、おまん屋はん行ってきて!」と、よく、お使いを頼まれた。

おまんは、おまんじゅうのこと。京都人は、おまんが好きや。

そして京都のおまんの歴史は、ちょっと、そこらとはちがうほど深い・・・

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この不思議な形のおまん。
奈良時代に遣唐使(けんとうし)が、仏教伝来と共にもちこまはった。
米粉と小麦粉の生地の中は、「清め」の意味をもつ七種類のお香を練り込んだ、こしあんが入ってる。
それを、ごま油で揚げてはる。

なんと、千年以上前の姿が、そのまま伝えられている。(感激)

「清浄歓喜団」ぬきにして、和菓子の歴史は語れへん。

京都のお菓子の歴史はホンマに奥深い(再度感激)

場所は市バス祇園下車すぐ。詳しいアクセスはこちらからご覧ください(Googleマップに移動します)。

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伏見稲荷大社の千本鳥居を歩いてきました。

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全国に約3万社ある稲荷神社の総本宮「伏見のお稲荷さん」は、711年に創建されはったと言われている。
五穀豊穣と商売の神様や。

西陣の商売人の家に生まれた私は、小さい頃から、ひたすら「商売がよう儲かりますように」と手を合わしてきたが、ホンマの楽しみは門前で売ったはる、門前菓子キツネ煎餅やった。(ここの神社の神様のお使いはキツネやし)

しかし、最近は、千本鳥居が有名になりすぎた。
人々が、願いや感謝の気持ちを込めて奉納しはった鳥居は千本どころちゃうほど続く・・・
この朱色には、生命や大地のパワーが宿るといわれて、最近は、海外からも、ヨーケの観光客がパワーをもらいにきはるらしい。
鳥居のすき間から、金色に差し込む光を浴びながら、私も、「ええことが、いっぱいありますように。」と鳥居を抜けた。
なんか、清々しい気持ちになった。

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六地蔵めぐりに行ってきました。

京都人は昔から、お地蔵さんが好きや。京都の道を歩いたら、至るところで小さなお地蔵さんが祀られたはる。
その数1万におよぶとか聞いたことあるけど正確な数はわからへんらしい。

六地蔵めぐりは、平安時代に疫病が流行った時に、都の回りにお地蔵さんを祀って、庶民がお参りしたことが始まりやという。

8月22日、京の出入り口に置かれた6ヵ所のお地蔵さんをお参りしてきた。
お寺ごとに授与してくれはる、色の違う「御幡」は、玄関につるしたらご利益がある。

平安時代は、疫病、戦乱、飢饉など、大変やったんやろなぁ。
家内安全、無病息災を願ってお地蔵さんにお参り。

来年もまた行けたらなあと思います。

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京の夏の旅・角屋(すみや)さんの公開

先日、新選組好きがバレてしまったが、嬉しいことがあった。
なんと、ウェブ担当スタッフFさんも、ちょっと新選組が好きやったことを知った。
これから、話題に盛り上がるかも、と勝手に期待している(笑)

先日、紹介させてもうた、輪違屋さんのそばに、角屋さんがある。

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輪違屋さんから、芸妓さんを派遣してもうて、揚屋(あげや)の角屋さんで、お客さんが遊宴を楽しまはる。
なんと、国の重要文化財に指定されたはる建物。

現在は「角屋もてなしの文化美術館」として営業したはる。

幕末には、新選組隊士が、大金を工面して通った花街のシンボルみたいな角屋さん。

西郷隆盛や坂本龍馬などの密議に使われた。

もちろん新選組の出入りもあったが、大きな騒動は起こらへんかったらしい。

こんな激動の時代にも、ルールは守られてたんやなぁ。と、熱くなる。


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法輪寺(だるま寺)の芙蓉の花を見てきました

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蒸し暑い日が続く京都。
そやけど、これが、ホンマの京都の暑さなんや!と言い聞かしてあきらめる。
ふと、
京都市交通局のおふたいむ8月号が目に入った。
「そーや!見にいこ!」と、法輪寺の芙蓉の花を見に行った。
京都人には、だるま寺いうた方が有名やと思う。
とにかく、だるまさんだらけ。奉納されてる、8,000体のだるまさんに圧倒される。
だるま堂に行く
参道には、芙蓉の花がホンマに可憐に咲いていた。
芙蓉の花は、美人の例えにもなっている。
しばし、うっとり。
ホンマにきれいやった。
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JR山陰線「円町」下車、徒歩5分

お盆に、千本ゑんま堂にお参りに行ってきました

12315.jpgお盆の間、こちらで過ごさはったご先祖さんの霊も、送り火によって、また、あの世へ帰っていかはった。
今年は、雨やったし、送り火もテレビで見た。

その代わりというか、送り火の前日に、千本ゑんま堂に行ってきた。
この辺りは、昔、蓮台野(れんだいの)といわれ葬送地やった。

ここを建てはった、平安時代の役人、小野篁(おののたかむら)は、お昼は宮中に仕えたはって、夜になると、あの世で、ゑんまさんに仕えたはった。(メッチャ謎の人物)

あの世の入り口には、やっぱり大きなゑんまさんが、いはる。
子供の時に、おばあちゃんから、ウソついたら、ゑんまさんが・・・と、言われたんを思い出しながら、お参りした。

やっぱり、お盆は、ご先祖さんに感謝せなあかんわ。と思った。

正式な名前は引接寺(いんじょうじ)です。










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願い事はひとつだけ......神泉苑の法成橋


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京都っ子の私は、京都自慢のひとつとして水を自慢することがある。

なんで? 琵琶湖の水やん! って思うかもしれませんが、驚くことに京都盆地の下は巨大な水瓶のようになっていて、琵琶湖と同じくらいの水量があるらしい。

それを証明するように、豊富な水をたたえた神泉苑。

今はお寺ですが、平安時代は天皇や皇族の遊興地だった。絶世の美女小野小町が雨乞いの祈祷をしたとか、静御前を義経が見初めたとか不思議な伝説も残る。

しかし今を生きる皆さんには、やっぱり今が大事! 心に願いをひとつだけ念じながらわたると叶えられる朱色の橋「法成橋」。ぜひ渡ってみてください。
雅な気分になること間違いなしです。











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京の夏の旅・輪違屋(わちがいや)さんの特別公開

先日、私の新選組好きが、周囲の人にバレてしまった。(笑)
ちょっと、ひいた人もやはったかもしれへん(笑)

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激動の幕末を風のように駆け抜けた若者達。
日々、死と隣り合わせやった彼らの心を包んだのは花街の女やった。

島原の置屋(おきや)の輪違屋さんには、多くの新選組隊士が馴染みにしていた芸妓さんがやはった。

普段は観覧謝絶のその輪違屋さんが、京の夏の旅キャンペーンにあわせて、10年ぶりに公開しはった。
夏やというのに、その癒しの空間は、薄暗くてなぜかなまめかしい。
しばし、頭を幕末にした。
1番見たかった局長、近藤勇の書。
誠を貫いた彼の生き様を見た。

新選組は、語りだしたら止まらへんので、また、このシリーズは誰が止めても続けます。(宣言)

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地味な銀閣寺こそ素晴らしい!

前回の金閣寺に続くネタいうたら、やっぱりここ、銀閣寺!

1482年に8代将軍足利義政が建てはった東山山荘が、亡くならはってから禅寺になった。
(歴史の教科書で習ったはると思うので、というよりこれ以上語りだすと私が止まらなくなるので後は省略・・・)

金閣寺は金ピカやし、銀閣寺は銀ピカと思ってワクワクして見たら、何と質素で地味。
しかし、この姿こそ当時のままの姿!

何度も焼け野原になった京都の中で奇跡的に残った室町時代を代表する遺構なんです(感激のあまり興奮)

金閣寺の金箔張りのように、銀箔張りにする計画があったんかなぁ。とか想像はつきひん。
銀箔の痕跡も見当たらへんらしいけど、想像しながら銀閣を見上げると、また楽しい。

夢館の浴衣着て金閣寺の次は、銀閣寺に寄ってみてください。
そして、ギリギリ接近して、室町時代に思いを寄せてください。


場所は
市バス「銀閣寺道」下車すぐ。詳しいアクセスはこちらをごらんください。(グーグルマップに移動します。) 

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京都といえば、まずここでしょう。金閣寺!

まず京都に来はったら絶対に訪れなあかんとこ言うたら、やっぱり金閣寺やなぁ。と思う。
(意外と京都人のほうが、いつでも行けるしーとか言うて行ってへん人が多い)


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<!-- ここから京都検定一級スタッフ得意分野 -->
室町時代に三代将軍足利義満が建てはった別荘が、亡くならはってから禅寺になった。
<!-- まだまだ語りたいけどここまで -->

初めて金閣を見たらまず、その金ピカにアゼンとなる。美しい。
写真の池は鏡湖池(きょうこち)。その名の通り、金閣を映す鏡のような池。
晴れた日には水面に金閣の姿がきれいに映る。

ゴージャスな姿を目に焼き付けたいと思われた方、そして金閣寺なんていつでも行けるわ! という京都の方。ぜひ初金閣寺してきてください。夢館の浴衣予約もお気軽に!(宣伝)

今年の注目、大船鉾でお手伝いをさせてもーてきました

なんと、150年ぶりに復興しはった大船鉾を間近に見て感慨無量でした。

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幕末の大火で焼失しはって、巡行には参加しはらへん「休み鉾」でしたが、復興を実現しはるために、たくさんの人達の努力で巡行をむかえはることになりました。

私も、微力ながら、夢館の浴衣を着てお手伝いさせてもーてきました。

お囃子の響く中、たくさんの人達の意気込みや、つながりを感じました。
明日の後祭の最後尾をつとめはる姿を見させてもらうんが、ホンマに楽しみです。

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【祇園祭】四条の御旅所に並ぶお神輿

今年は後祭があってホンマにうれしい。

祇園祭では山鉾巡行があまりにも有名やけど、ホンマの祭の主役は神輿(みこし)なんです。

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17日の山鉾巡行が行われた後の夕刻、八坂神社を出発しはった三基の神輿は、24日まで四条寺町のお旅所に鎮座しはります。

【祇園祭】前祭、山鉾巡行が来た ―夢館スタッフによる山鉾巡行写真―

京都の夏の暑さは、ハンパやない。「今日も朝から蒸しますなぁ?」が挨拶代わり。
でも、祇園祭はこーでないと盛り上がらへん。

朝9時。
49年ぶりに前祭と後祭に分かれての巡行。

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古来、くじ取らずで山鉾巡行の先頭を務めはる長刀鉾、山鉾の中で唯一、生稚児(いきちご)が二人の禿(かむろ)を従えて乗らはる。

長さ1.13メートルの長刀は、八坂神社や御所に刃先が向かわへんように南向きになってる。

私の前を通った鉾の大車輪。圧巻やった。(毎年、同じなんやけど)
今年も疫病邪悪を祓ってもうた。

さあ、来週は後祭です。

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左上:函谷鉾 右上:占出山
左下:孟宗山 右下:芦刈山

【祇園祭】静かな宵山なら油天神山と太子山が、おすすめ

祇園囃子の音色「コンコンチキチン」は、ホンマにええなぁ?と、毎年つくづく思う。

山鉾の中で最も西側に立つ、油天神山と太子山。

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油天神山は、古くから町内に祀られていた天神さん、すなわち菅原道真公を祀ったという言い伝えがある。
太子山は、その名の通り、聖徳太子にゆかりがある。

そして、有り難いことに、油天神山は菅原道真にあやかり、学業成就。太子山は聖徳太子にちなんで、知恵を授けてくれはる。

前祭の宵山もあとすこし。賢くなりたい人、西へ向いてください。

【祇園祭】縁結びの山、花盗人の保昌山

祇園祭の前祭も間近ということで、夢館から一番近い場所にある山、保昌山(ほうしょうやま)をご紹介いたします。
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保昌山は紅梅を持つご神体の人形や、円山応挙(まるやまおうきょ)の下絵を元に刺繍をした前懸がある、とても華やかな山です。
宵山(前夜祭)で授与されるちまきやお守りには、縁結びと泥棒除けのご利益があるといいます。
・・・・・・いや、縁結びと泥棒避けってどんな組み合わせやねん。
という感じですが、由来を聞けばなるほど納得。
丹後守平井保昌(たんごのかみひらいやすまさ)と和泉式部(いずみしきぶ)の恋物語が山の題材となっているからなのです。
武勇に秀で、道長四天王のひとりと称されていた平井保昌は、和泉式部に想いを寄せていました。
ある日彼はその和泉式部から、「御所の紫宸殿(ししんでん)の中にある梅の枝を取ってきてほしい」と請われます。
・・・・・・さらっと書いていますが、けっこう無理難題なお願いです。
当時の帝の地位を考えれば、相当難しいこと話だというのが分かるでしょうか......。
有名な「竹取物語」にも求婚者に無理難題を出して遠回しにお断り......という話があるので、多分これも遠回しなお断りだったんでしょうね(^▽^;)
しかし平井保昌はそこで諦めることなく、梅の木を手折ろうと御所の紫宸殿に忍び込みます。そこで見張りの兵士に見つかり矢を射られるものの、一朶の枝を和泉式部の元へ持ち帰ります。彼の行動に心を動かされた和泉式部は彼の想いを受け入れて、ふたりは夫婦となったのでした。
保昌山はそのお話の一場面を表した山。
・・・・・・つまり、「御所の梅を盗みに入った平井保昌の図」なわけです。
140711_2-s_01.jpg140711_3.jpg山の故事にちなんで、保昌山は「花盗人山(はなぬすびとやま)」とも呼ばれます。
縁結び(や泥棒除け)のご利益があるちまきやお守りは女性に大変人気があります。
保昌山が巡行するのは前祭。お守りが授与されるのは7月14日・15日・16日の間。
宵山の間、ご神体は保昌山の町会所(宵山中、山鉾の山鉾の装飾品を展示したり、ちまきを販売したりする場所)の二階にいらっしゃいます。
夢館で浴衣に着替えたら、ぜひ一度「花盗人山」のところに行ってみてくださいね♪

建仁寺の天井龍を見上げた、そして圧倒された!

私にとってはお寺って、癒されてホッコリ(ほっと)する場所。
 
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でも建仁寺(けんにんじ)の天井龍を見ると、その迫力に元気をもらえる気がしてくる。
 
頭はラクダ、胴体は蛇、鱗は鯉、角は鹿、耳は牛、爪は鷹に似てるといわれる中国の伝説上の生物、龍。
普段は水中にすみ、時に空を昇ると風雲を起こして雨を降らせてくれはる。
 
天井に龍を描くのは火災除けのおまじない。
龍はお寺を火災からまもってくれはる、なんとも有り難い存在なんです。
 
皆さんも圧倒されてください。
写真だけではこの迫力は伝わらない。是非実物を見上げてください。
もちろん、夢館の着物着てですよ(宣伝)。

場所は市バス祇園下車すぐ。詳しくはこちらから御覧ください。(googleマップに移動します)

八坂神社そば、中村楼の豆腐田楽

豆腐というたら、美容・ダイエット・安価と女子の強い味方。
節約メニューでお豆腐を重宝している女子も多いと思う。
 
でも、中村楼さんの豆腐田楽は、ちょっとそこらのとは違う。
 
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京都を極めたい私なんですが、恥ずかしながらまだ食べてへんかった。
室町時代末期の創業で八坂神社正門(南楼門)に茶屋を構えお参りにくる人で賑わってたらしい。
 
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木の芽味噌を塗ったごくシンプルな豆腐。
しかし、口にしたとたん、これは豆腐ちゃう。訳すと豆腐と違う。(都が生んだ芸術や!)
 
15分待って口の中で数分間とろけて終了。
しかし、また、京都の食文化の奥深さに感激した京都検定一級スタッフでした。
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